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北浜・五代友厚ゆかりの地|近代大阪を築いた実業家と商売運

大阪の金融街・北浜、大阪取引所の前には、一人の実業家の銅像が立っています。「大阪の恩人」とも呼ばれる五代友厚です。今回はこの人物の功績を振り返りながら、商売運について考えてみます。

大阪・北浜の歴史的建築とビジネス街

五代友厚とは

五代友厚は薩摩藩出身の武士で、明治維新後に大阪へ渡り、大阪商法会議所(現在の大阪商工会議所)や大阪株式取引所(現在の大阪取引所)の設立に尽力した実業家です。衰退しかけていた大阪経済の立て直しに大きく貢献したことから「大阪の恩人」とも呼ばれ、NHK連続テレビ小説「あさが来た」に登場した人物のモデルの一人としても知られています。

五代友厚の主な功績

五代友厚が大阪に残した功績は一つや二つではありません。わずか十数年の間に、今日の大阪経済の骨格となる仕組みを次々と作り上げていきました。

  • 大阪造幣寮の誘致(明治元年)|新政府参与として大阪の開港・造幣事業に奔走
  • 大阪活版所の開設(明治3年)|本木昌造と協力し、大阪における印刷・出版産業の礎を築く
  • 堂島米商会所の再興(明治9年)|米取引の中心地であった堂島の商いを立て直す
  • 大阪株式取引所の設立(明治11年)|現在の大阪取引所(北浜)の前身
  • 大阪商法会議所の設立(明治11年)|現在の大阪商工会議所の前身。初代会頭に就任
  • 大阪商業講習所の設立(明治13年)|後の大阪市立大学(現・大阪公立大学)

幕末の混乱と東京遷都の影響で、大阪の経済は一時衰退の危機にあったといわれています。その大阪を「商都」として再び立て直したのが五代友厚であり、当時の大阪の人々が彼を「大阪の恩人」と呼んだ理由もそこにあります。

北浜が”お金の街”になった理由

五代友厚をはじめとする実業家たちの尽力により、北浜には金融・証券関連の機関が集積していきました。今も大阪取引所が置かれ、大阪の金融の中心地として発展を続けています。船場が商都・大阪の”商いの心臓部”だとすれば、北浜はその”お金の心臓部”だったといえるかもしれません。

五代友厚の信仰心と商工稲荷神社

数々の事業を成功させた五代友厚ですが、単に合理性だけで突き進んだ人物ではなかったようです。商工業の発展を祈願して「商工稲荷神社」を建立したと伝わっており、事業家としての行動力と、目に見えないものへの敬意を併せ持っていた人物だったことがうかがえます。当店が普段お伝えしている「行動と気持ちの両輪」という考え方にも通じるところがあるように感じます。

五代友厚像を訪ねてみませんか

北浜の大阪取引所前には、五代友厚の銅像が今も立っています。最寄りは大阪メトロ「北浜駅」で、船場・中之島エリアを散策するついでに立ち寄れる距離です。NHK連続テレビ小説「あさが来た」に五代友厚として登場したことでも知られ、ゆかりの地を巡る方の姿も見られます。商売運を大切にしたい経営者の方は、北浜を訪れた際に少し足を止めてみるのも良いかもしれません。

五代友厚から考える、商売運を切り拓く姿勢

五代友厚は、運を天に任せるのではなく、自ら仕組みを作り、行動することで大阪経済の発展を切り拓いていきました。当店としても、験担ぎや浄霊はあくまで気持ちや運気を整えるための後押しであり、実際に行動する方あってこそ活きるものだと考えています。

商売運に関するご相談

経営者の方、個人事業主の方からは、商売運や仕事運に関するご相談を多くいただきます。行動しているのになぜか結果が出ない、以前と流れが変わってしまったと感じる方は、一度霊視鑑定でご自身やお店の状態をご確認ください。

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